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資産形成をやると気付く世の中の「買えるもの・買えないもの」

資産形成をやると気付く世の中の「買えるもの・買えないもの」
この記事で分かること

・お金で手に入るものと入らないものの違い
・資産形成の過程で気付く本当の価値
・物質的な成功だけでは心の充足が得られない

ごきげんよう、ぺいぱです。

動画解説

このブログの内容は動画でも解説しています。

資産形成を始めると、お金の貯め方や増やし方に注目が集まりがちですが、実はそれ以上に大切な「世の中の本質」に気づく瞬間が増えていきます。お金というのは、ある種の「交換手段」でしかありません。使い方ひとつで人生を豊かにもできれば、逆に浪費を招き、心の安定を奪ってしまうことだってあります。

ぼく自身、資産形成を始めた当初はとにかく

 ・貯蓄率を高めなければ
 ・入金力を上げていかなければ
 ・運用で増やさなければ

という意識が強く、支出を徹底的に管理し、収入を最大化することに注力してきました。結果としてFIREを達成し、いまではある程度自由な時間と資金を手にすることができたわけですが、資産形成の過程で気づかされたのは、お金で手に入るものとそうでないものがある、という当たり前のようで意外と見落としがちな事実です。

高いお金をかけて、外見上の「形」や「条件」を整えることは意外と簡単にできてしまう。でも、その先にある本質、たとえば愛情や尊敬、あるいは健康や幸福感などは、いくらお金を出しても獲得できません。

資産形成をするメリットは、経済的な自由を得られることだけではありません。視点を変えれば、「お金って何だろう」「本当に大切にしたいものは何だろう」という問いを突きつけられるきっかけにもなります。

「買えるもの・買えないもの」を考えると、不思議と心の安定や周囲への感謝が生まれるようになります。結局のところ、資産形成をしてもしなくても、人生でいちばん価値のあるものは自分で育み、守り、磨いていくしかない。そこにお金の力が入る余地はあっても、それだけでは決して補いきれない領域が確かに存在するわけです。

そこで今回は、世の中にあふれる「お金では買えないもの」の具体例を12個挙げて解説していきます。いずれもぼく自身が資産形成をしていく過程で気付いたものばかりです。

資産を増やしてお金でなんでも解決することは決して悪いことではありませんが、そこだけに執着しすぎると見失ってしまう大切なものがあることも再認識していただけたら幸いです。

世の中の「買えるもの・買えないもの」

それでは、早速いってみましょう!

① 家は買えるが、家庭は買えない。

家という物理的な「建物」はお金があれば手に入ります。たとえ高価な豪邸でも、資金を用意して契約を結べば所有権は自分のものになるでしょう。しかし、その家の中に「温かい家庭」が築けるかどうかは、まったく別の話です。家庭というのは、家族同士の信頼や思いやり、コミュニケーションを育てていくことで生まれる心の居場所のようなものだからです。

ぼく自身は2010年にマンションを購入しており、すでにローン完済しましたがこれはあくまでぼくが一人で住む用に購入したものです。その後も独身ですから、まだ家庭を築いてはいませんが、これがすごく難しそうだなと思うことがあります。

それは周囲を見渡すと、立派な一戸建てやマンションを所有していても、家族の仲がうまくいっていなかったり、家に帰っても誰とも言葉を交わさないという人がいたりするからです。もちろん、その一方で、狭い賃貸でも家族同士が助け合って笑顔で暮らしている人たちもいる。要は、物理的な空間があるだけでは十分と言えないということです。

家庭には「家族」という人間関係があります。その関係性はお金によって作られるわけではありません。互いの存在を尊重し合い、日々の会話やスキンシップ、ちょっとした行事などを通じ時間をかけて醸成されるものです。特に子どもがいる家庭では、親子の触れ合いがそのまま子どもの人格形成にも影響しますし、夫婦間のコミュニケーション不足は少しずつでも溝を深める要因になります。

「家」という資産を買うとき、どうしても立地や価格、広さ、デザインといった条件を重視しがちです。それは当然のこと。しかし、同時に「この空間でどんな生活を送りたいのか」「家族みんなが安心して過ごせる場になるには何が必要なのか」を考える視点も欠かせません。どれだけ高級な建材を使い、広々とした間取りを手に入れても、家はただの箱にすぎません。

家庭を築くうえで必要なのは、お金以上に「お互いを思いやる心」や「コミュニケーションを大切にする姿勢」です。これは資産形成で学ぶ「コツコツ継続する力」にも通じる部分があると思います。どんなに立派な建物を手に入れても、本当に「心休まる場所」を作れるかどうかは、自分と家族の向き合い方次第。「家」と「家庭」は別物だ、という真理を肝に銘じておくと、物件選びやライフスタイルを考える上で自然と視野が広がるのではないでしょうか。

② 時計は買えても、時間は買えない。

高級ブランドの腕時計をはじめ、どんなに高価な時計であっても、それが刻むのはあくまで「時の流れ」を可視化しているだけです。時間そのものを増やしたり、過去に戻したりすることは絶対にできません。資産形成を進めていくと、高額な時計を購入してステータスシンボルにする方もいますが、「その時計が教えてくれるのは、今この瞬間が何時何分か、という事実に過ぎない」という視点を失わないことが大切です。(もちろん投資の観点もあるかもですが)

資産形成においては、「時間=命」とよく言われます。投資の複利効果が示すように、時間を味方につければつけるほど資産は増えやすい。つまり、自分が若いうちから投資を開始するのが理想的な理由は「より多くの時間を味方につけられるから」ということに尽きます。時計を買って身につければ、自分のステータスを演出することはできるかもしれませんが、「若い頃に投資を始める」というような行動は、どんなにお金があっても後から取り戻すことはできないわけです。

さらに、日常生活においても「時間はお金と同じくらい、あるいはそれ以上に貴重」という感覚を持つと、行動が変わります。無意識にダラダラとスマホを見て過ごしていたり、無駄な会合や飲み会に参加したりしていると、「本当に使いたいこと」に時間を回せなくなる。時計で流れている数字ばかりを気にするのではなく、「今日一日、どう過ごしたいか」「限られた時間で何を得たいか」を考える視点が資産形成の視点とも重なっていきます。

もちろん、時計そのものを持つことが悪いわけではありません。自分が気に入ったデザインの時計を身につけることは、ファッションや自己表現の一部として大いに価値があります。ただ、それを買う動機が「自分を高く見せたいから」とか「目立ちたいから」だけだと、手に入れた後に虚しさを感じる可能性が高いかもしれません。

時間は一度過ぎ去れば戻ってきません。時計を見れば、いま何時何分かはすぐに分かります。1分後の行動を決めることはできても、1分前はコントロールできません。そう考えると、「時計」よりも「時間」を大切にするという意識が、資産形成にも日々の行動にも重要であることが分かります。限りある時間をより有意義に使おうとする姿勢こそが、本当の意味での「豊かさ」をもたらしてくれるのではないでしょうか。

③ ベッドは買えても、睡眠は買えない。

高級ベッドやマットレスは、お金を出せば手に入れることができますが、その上で「快適な睡眠」を確保できるかはまた別の問題です。寝具にこだわることで一定の効果はあるかもしれませんが、ストレスや体調、ライフスタイルの乱れなど多くの要因が睡眠の質に影響を与えるため、高級品を買えば必ずしも深い眠りを得られるわけではないのです。

資産形成をする上で健康管理が重要、という話はよく耳にします。十分な睡眠は、健康を保つための基本中の基本。寝不足が続くと集中力や思考力が低下し、投資の判断を誤ったり、仕事のパフォーマンスが落ちて収入増にブレーキがかかったりすることも考えられます。つまり、高価な寝具を揃えるのは手段の一つにすぎず、最終的に「いかに質の高い睡眠を実現するか」は自分の生活習慣次第というわけです。

また、ベッドがいくら高級でも、寝る前にスマホを延々と見ていたり、夕食やアルコールの摂取時間が遅かったりすると、睡眠の質は損なわれます。また、夜更かしをしてしまえば、結局は長い時間ベッドにいたとしても十分な休息を取れないことになりかねません。つまり、深い眠りを得るには、規則正しい生活リズムやストレスの管理など、多角的な取り組みが欠かせません。

また、「いいベッドを買ったからぐっすり眠れるはずだ」という思い込みがかえってマイナスに働く場合もあります。たとえば、「高い買い物をしたのに、全然疲れが取れない」といったようなフラストレーションが睡眠障害の原因になるケースもあるからです。これはまるで「高級時計を買ったのに、やりたいことをやる時間が全然ない」と嘆くのと同じ矛盾ですよね。

実は、ぼく自身も過去にホテル暮らしをしていた際、ベッドの質を売りにしているところに泊まっていたことがありました。当初は「これで寝つきがより良くなるに違いない」と期待していましたが、生活リズムは変わらないままだったので、結局は睡眠の質が根本的に改善したとは言えませんでした。むしろ、その後に筋トレや散歩などで身体の疲労度を適度に上げ、寝る前にはスマホを使わないなどの工夫を行うようになったところ、驚くほど睡眠の質が上がったわけです。

資産形成に取り組む人の中には、稼いだお金をまず身の回りの物をアップグレードすることに使う方もいますが、そこに「睡眠の質を上げるには何が本当に必要か」という視点が欠けていると、高い買い物をしても結果が得られないかもしれません。ベッドは買えても、快適な睡眠という最終成果は得られない。そのことを忘れないようにしたいものです。

④ 保険は買えるが、健康は買えない。

医療保険や生命保険などの保険商品は、お金があれば契約できます。先進医療特約など、どれだけ手厚い保障を付けれるかは資金次第、と言っても過言ではありません。しかし、だからといって真の健康が保証されるわけではないのが現実です。保険がカバーするのは「万が一」のときの金銭的負担であって、そもそも病気にならない身体を手に入れることとは別問題だからです。

資産形成の観点から見ても、健康であることがどれほど大切かは言うまでもありません。健康を損なってしまえば医療費がかさむだけでなく、働ける期間やパフォーマンスも下がり、投資や事業での成果に悪影響を及ぼします。何よりも人生を楽しむ余裕がなくなるのは致命的です。よく「健康は失って初めて分かる」と言われますが、保険に入っていても、失うときは失うわけです。

もちろん、保険そのものを否定するわけではありません。むしろ、万一の事態に備える仕組みとして必要不可欠な方もいるでしょう。しかし、それを過信してしまうと、日々の健康管理や予防策を怠る恐れがあります。たとえば、「保険があるから病気になっても大丈夫だろう」と思い込んでしまうと、運動や食事のコントロールを軽視してしまうかもしれません。しかし、病気が発症した後の闘病生活はお金をかければすべてが解決するわけではなく、身体と心への負担は大きいものです。

保険はあくまで「経済的リスクのコントロール」であり、健康を維持して病気を予防することとは同じではありません。高額な保険プランに加入していることで安心を得たとしても、そこから積極的に運動したり、栄養バランスの良い食事を摂ったり、ストレス管理をしたりといった行動を取らなければ、健康を保つことは難しいわけです。

「保険は買えても、健康は買えない」という当たり前の事実に気づくと、資産形成のプロセスやFIRE後の生活でも、「いまこの瞬間からでも健康習慣を始めよう」という意識が自然と芽生えるはずです。自分の身体をケアし、病気になるリスクを減らす努力をすることこそ、本質的には一番の「保険」とも言えるのかもしれません。お金があれば保険に加入するハードルは下がりますが、健康そのものを手に入れるには、自分の行動や習慣が鍵を握っています。

⑤ 教材は買えるが、知識は買えない。

お金を出せば、高額なセミナーやオンラインスクール、最新の学習教材を手に入れることはできます。あるいは書籍をまとめ買いし、情報そのものを手元にストックしておくことも可能でしょう。しかし、そこに書かれている内容を「理解して身につけることができるかどうか」は別問題です。知識は買った時点では自分のものにならず、学習と実践を通じて初めて自らの一部になるからです。

資産形成の世界でも、この例はよく見受けられます。高額な投資塾やコンサルを受講しても、実際には一向に資産を増やせない人もいれば、無料のブログやSNS情報を上手に活かして着実に成果を出す人もいる。つまり、教材や情報を手に入れることよりも、それを活かす「学ぶ意欲」や「継続的な行動」の方が重要なのです。

ぼく自身、学習教材に投資することは好きですが、常に意識しているのは「学んだことをどう行動に移すか」という点です。たとえば、ファイナンシャルプランナー(FP)の教材を買うだけでは何も変わりませんが、そこから実際に勉強し、試験を受け、FP資格を取り、収支を見直し、さらにブログ記事を書くなどアウトプットを重ねることで、初めて「知識を得た」状態になります。

「教材は買えるが、知識は買えない」という原則を踏まえると、高額な情報商材やセミナーに飛びつく前に、「自分はそれを吸収し、活かす準備ができているか?それが本当に必要なのか?」を問うことが大切となります。教材費を払うだけで安心してしまい、「学んだつもり」になってしまうと、それこそお金をドブに捨てるような結果になりかねません。

知識は、人によって活かし方が千差万別でもあります。たとえば、同じ株式投資の教材を学んだとしても、短期トレードで成果を出す人もいれば、長期投資でコツコツと資産を育てる人もいます。結局、その知識を自分のライフスタイルや目標に合わせてアレンジできるかどうかが価値を決めるわけです。

こうした観点から考えると、教材を買うこと自体に意味がないわけではありません。むしろ、新しい考え方に触れるきっかけとしては有効な手段です。ただ、最終的に自分の血肉となる知識を手にするためには、学んだ内容を咀嚼し、自分なりに応用し続ける努力が不可欠。お金で情報を手に入れるのは容易ですが、その情報を「自分だけの知識」に変換するプロセスが、最も大切なステップだと言えます。

⑥ 地位は買えるが、尊敬は買えない。

社会には「お金を使って役職を買う」という極端なケースは少ないかもしれませんが、寄付や政治資金、スポンサーシップなどを通じて、実質的に社会的な地位や名誉を得る方法は存在します。たとえば、大きな寄付をした結果、大学や行政機関から名誉職を授与されるとか、ロビー活動を通じて政治的影響力を手にするといった具合です。しかし、その人が心の底から尊敬されるかどうかは全く別の次元の話です。

尊敬というのは、その人の行動や人柄、思想、信念などを総合して周囲が感じるもので、金銭で直接買うことはできません。仮に一時的に周囲からチヤホヤされたとしても、それが「本当の敬意」なのか「お金や権力に対する忖度」なのかは見極めが必要です。地位を手に入れたことで得られるのは、あくまで肩書や立場であって、「人望」や「人間性に基づく信頼」ではありません。

企業の経営者や政治家の例を考えれば分かりやすいでしょう。急成長したスタートアップの社長が、上場を機に多くの資産を得たとして、社員から本当に慕われるかどうかは、その人のリーダーシップやコミュニケーションにかかっています。また、政治の世界でも、資金力を背景に選挙を勝ち抜き、ポストを得たとしても、心から国民に支持される政治家になれるかどうかは、その後の政策や言動次第です。

資産形成の過程も同様で、「資産が増えたから注目を集める、ちやほやされる、インフルエンサーになれる」というのは早計です。もちろん、お金をたくさん稼ぐ努力や成果を評価してくれる人もいるでしょう。しかし、本物の尊敬というのは、「そのお金をどう使っているか」「社会にどんな貢献をしているか」「困っている人にどんな手を差し伸べるか」など、人柄が問われる領域に根ざします。単にお金持ちというだけでは、表面上の羨望(せんぼう)は得られても、真のリスペクトを獲得するのは難しいです。

「地位は買えるが、尊敬は買えない」という事実に気づくと、お金を稼ぐことだけに没頭する生き方に疑問を持つ人もいるかもしれません。資産を築く意義自体を否定する必要はないですが、同時に「どう行動し、どんな価値観を大切にしているか」を考えるのが、長期的に見た人生の充実につながるはずです。結局、地位や肩書は時間が経てば変化しますが、人としての魅力や信頼はそう簡単に変わるものではありません。むしろ日々の積み重ねによってのみ形成されるものだと言えますね。

⑦ S●Xは買えるが、愛は買えない。

大人向けのサービスを利用したり、それらを斡旋する場でお金を支払えば、性的な行為を得ることは可能です。しかし、それが本当の意味での「愛」を得る手段とは程遠いというのは、多くの人が直感的に分かるはずです。「S●X」は行為そのものを指し、お金で対価を払うことで一時的な欲求を満たせる場合もあるかもしれませんが、「愛」は感情や信頼、深い結びつきから生まれるものなので、お金だけでは作り出せません。

資産形成をして富裕層になると、時に「モテる」という現象が起こることがありますが、それが本当に自分を愛してくれているのか、それとも単に「経済力」や「ステータス」を見て近づいているのかは見極めが難しくなります。つまり、S●Xを「買う」形ではなく、経済的魅力によって得たとしても、それが愛情なのかどうかは怪しいわけです。

愛は時間をかけて育むものであり、互いの喜怒哀楽や困難を乗り越えながら少しずつ深まっていく性質を持ちます。そこには尊敬や思いやり、共感といった要素が不可欠で、それらは金銭的な契約ではどうにもならない部分です。むしろ、S●Xという行為だけが先行すると、精神的なつながりを伴わないまま消費されてしまうことも少なくありません。

資産形成の視点から見ても、愛情というのは非常に不確実な要素です。結婚や同棲をきっかけに生活を共にする際、お金だけで相手の心を掴もうとすると、かえって歪みが生じることがあります。贅沢をさせても相手が本当に喜ぶのは最初だけで、次第にそれが当たり前になり、さらに高額なプレゼントを求めるようになるかもしれません。そうした関係は長続きしにくく、結果的には資金的にも精神的にも負担となるでしょう。

もちろん、お金自体が愛の障害になるわけではありません。経済力があるからこそできる経験や共有できる時間もあります。しかし、本物の愛情を育てるには、そうした外面的な条件よりも、お互いを深く理解し、受け入れ合おうとする意思が重要です。S●Xの楽しさや快感そのものは否定しませんが、それを愛情の代替とすることは不可能だと思います。

「S●Xは買えるが、愛は買えない」というのは、ある種資産形成の根本にも通じる真理だと思います。いくら資金を増やしても、人間関係の本質はお金では変えられません。お金で手に入るものとそうでないものを見極めることこそ、本当に豊かな生活を築くうえで欠かせないプロセスなのではないでしょうか。

⑧ 外見は買えても、中身は買えない。

美容整形や高価なコスメ、ファッションなどで、外見を大きく変えることはお金があればある程度可能です。SNSやテレビ番組を見ても、驚くほど劇的なビフォー・アフターを実現する事例を見かけることがあります。しかし、その外見の変化で、人格や価値観、心の在り方までが変化したわけではありません。あくまで物理的な容姿を整えただけであり、人間の本質的な部分はお金では変わりません。

資産形成の過程で、ある程度まとまった資金を手に入れると、外見にお金をかけたいと考える人も少なくありません。高級ブランドの服やバッグ、美容サロン通いなど、日常を美しく飾るアイテムが選び放題になるからです。もちろん、自分自身の気持ちが明るくなる、モチベーションが上がる、という効果は否定できませんが、それが中身の成長や豊かさにつながるとは限らないのが現実です。

外見を磨くこと自体は悪いことでなく、むしろ自分を大切にする手段の一つとも言えます。ただ、外見にばかり注力してしまうと、「もっと魅力的に見せたい」「もっと目立ちたい」という欲求がエスカレートする場合があり、本来目指していた資産形成や自己成長から意識が逸れてしまうことも考えられます。似た話で、「いい車」「いい時計」「いい家」など、ステータスのために外面を取り繕うパターンも同様です。

結局、中身を磨くとは「どれだけ自分で考え、行動し、他者との関係を深められるか」ということに近いかと思います。たとえ外見が魅力的であっても、会話をしてみるとまったく中身がなかったり、相手に対する配慮や共感が足りなかったりすると、交友関係は深まりません。逆に言えば、外見に大きな特徴がなくても、考え方や話し方が素敵で、相手を大切にする姿勢がある人は、自然と周囲から好かれるものです。

資産形成をする上では、自分に投資することも大切ですが、それが「外見を飾るためだけ」にならないよう意識するのが大事です。語学の勉強や資格取得、読書や新しいスキルの習得など、自己成長につながる「中身の投資」にも目を向けたいところです。お金で外見はあっという間に変えられても、中身を磨くには日々の地道な学習や経験の積み重ねが欠かせません。

「外見は買えても、中身は買えない」という事実は、見た目の華やかさや一時のブームに惑わされがちな現代社会への警鐘とも言えるかもしれません。最終的に人としての魅力がどこから生まれるのかを考えるとき、やはり行動や考え方など、内面に根ざした要素こそが一番大きいのではないでしょうか。

⑨ 環境は買えても、成長は買えない。

高級マンションやリゾート地への移住、海外留学など、お金さえあれば「より良い環境」に身を置くことは比較的容易です。資産形成をして経済的な余裕が生まれると、住む場所や学ぶ場所を自由に選べるようになる人も多いでしょう。しかし、そこで必ず成長できるかどうかは、当人の努力と意識によるところが大きく、「環境がすべてを変えてくれる」わけではありません。

たとえば、「英語を身につけたいから海外に住む」というケースを考えてみましょう。語学学校やコミュニティに通い、現地の人々と積極的に関わる姿勢を持てば大いに成長する可能性があります。しかし、お金を払って海外での生活を得られたとしても、出不精なままだったり、日本語で完結するネットやSNSだけを見て過ごしてしまう人もいます。そうなると海外に身を置いている意味はほとんど失われてしまい、語学力も伸び悩む結果となるでしょう。

同様に、高級なメディカル施設の会員権を買ったり、最先端のジムに通うことができても、そこにちゃんと通い、トレーニングを継続しなければ身体は変わりません。学習環境でも、最高の指導者や設備が整ったスクールに入学しても、そこに参加する意欲や復習を続ける根気がなければ身につくものは限られます。

「環境は買えるが、成長は買えない」と言うと少し厳しい印象を受けるかもしれませんが、実はこれは大きなチャンスでもあります。なぜなら、本当に成長したいという意志を持っていれば、高いお金を払わなくても、さまざまな方法で自分を伸ばせるからです。地域の図書館や無料のオンラインセミナー、コミュニティスペースなど、リーズナブルな環境でも大きく飛躍する人はいます。要は「どう過ごすか」であって、「どこにいるか」や「どれだけお金をかけるか」が成長の決定的要因ではない、ということです。

資産形成に成功して「理想の環境」を整えたとしても、そこから先は自分がどんな行動を取るかが肝心。高い家賃を払って都会のど真ん中の物件に住んでも、日々をただ寝起きするだけで過ごしてしまえば、本来期待していた刺激や学び、ビジネスチャンスを活かしきれないかもしれません。同じように、リゾート移住をしても、自然に積極的に関わったり、新しいコミュニティに飛び込んだりしなければ、自分が望んだ成長は得られないでしょう。

こうして考えると、環境を整えること自体は決して悪いことではなく、むしろ行動の後押しをしてくれる大きな要素です。しかし、「成長が約束されるわけではない」という事実を忘れてしまうと、せっかくの投資が無駄に終わる可能性があります。資産を使って環境を変えるのであれば、同時にその環境を活かしきる行動力や学習意欲を持つことが、真の成長につながるのではないでしょうか。

⑩ 労働力は買えても、絆は買えない。

資本家が企業を通じて人材を雇う際、賃金を提示して「労働力」を買うのは当たり前の仕組みです。しかし、それによって職場の一体感やチームワーク、さらには真の信頼関係(絆)が築かれるとは限りません。お金を出して仕事をしてもらうことは可能ですが、そこに「相互理解」や「仲間としての助け合い」といった要素を求めるのであれば、金銭以上のアプローチが必要になってくるわけです。

チームやプロジェクトの成功は、リーダーシップやコミュニケーションの質、各メンバーの主体性やモチベーションなど、多角的な要素が絡み合って決まります。どれだけ高給を払って優秀な人材を揃えても、方針が不明瞭であったり、互いに尊敬や理解が不足していたりすれば、成果を出すどころか内紛が起きることすらあるでしょう。

もし資産形成を通じて得た資金を使って自分がビジネスを始める立場になると、この現実に直面するかもしれません。資金力があるからといって、すぐに周囲の人が「この人のために全力を尽くそう」となるわけではありません。信頼されるには時間と行動で示し続けるしかなく、その過程で一つずつ築いた関係性が絆となって形作られます。

また、友人同士の関係を考えてみても同様です。例えば、自分が資産を持っているからといって、周りがみんな友達として慕ってくれるわけではありません。「おごってもらえるから」「金銭的に得だから」集まる人もいるかもしれませんが、そこには深い絆は生まれにくいでしょう。むしろ、お金目当ての人に囲まれるリスクすらあります。

労働力と絆はまったく質が異なります。前者は「この仕事をしてください」という明確な契約関係の中で成り立つものですが、後者は「お互いに理解し合い、助け合う」という感情や思いやりを基盤とした関係です。お金ではない部分、たとえば仕事に対するビジョンの共有や、成果を互いに称え合う文化、困ったときにフォローし合う姿勢などがあって初めて絆は芽生えます。

この事実に気づくと、資産形成の面でもコミュニケーションや人との付き合い方に対する考え方が変わるかもしれません。お金で誰かを雇うだけでなく、「一緒に働いていて楽しい」「この人のためなら頑張りたい」と思ってもらえるリーダーシップをどう身につけるかが、ビジネスやプロジェクトの成功には欠かせません。つまり、労働力は買えても、そこから絆を生み出すのは自分の人間性やチームのカルチャーづくりにかかっているわけです。

⑪ 芸術は買えても、感性は買えない。

高額な絵画や彫刻、演劇のチケットなど、芸術作品や芸術的な体験にお金を使うことは可能です。オークションで超高額な名作を落札する人もいますし、豪華なコンサートホールの最前列席チケットを買う人もいるでしょう。しかし、その芸術を「心の底から楽しめる感性」や「深く味わう理解力」は、お金だけでは獲得できません。芸術と対峙するときに必要なのは、美を感じる感受性や、新たな視点を受け入れる柔軟性だからです。

資産形成をして経済的に余裕が出ると、高価な美術品を収集する人や、一流アーティストの公演を網羅する人もいます。もちろん、それ自体は悪いことではありません。芸術は心を豊かにし、人生に彩りを与えてくれます。しかし、単に「高い芸術品を所有する」「有名な公演に行く」だけで満足しているうちは、芸術の本当の価値には触れられない可能性が高いです。

芸術の価値は、その背景や作り手の想い、時代や社会との関係性など、さまざまな要素が結びついて生まれるもの。たとえば名画を所有していても、そこに込められた画家のメッセージや制作当時の歴史背景などを理解しなければ、表面的な「持ち物」としての自己満足にとどまるかもしれません。逆に、美術館でじっくり観察し解説を読み、画家がどのような意図で描いたのかを感じ取れたならば、たとえ作品を所有していなくても深い感動を得られるでしょう。

感性は、お金では買えませんが「経験」を通じて育てることはできます。たとえば、いろいろな美術展やコンサートに足を運び、作品の背景を学ぶ。読書や映画を通じて、別の文化や時代に触れてみる。あるいは自分自身がアートや音楽を作ってみる。こうした行動が重なって、初めて「芸術を味わう力」が身につきます。ぼくも脚本の勉強を始めてから、より深く映像作品を楽しめるようになりました。

結局、芸術の本当の味わいは、その作品との対話にあります。表面的な所有や鑑賞だけでは届かない深い感動は、「自分の心が動かされる瞬間」を受け止める感性があってこそ得られるもの。資産形成を通じて芸術に触れる機会が増えたとしても、「感性を磨く」という課題はいつまでも残り続けるのかもしれません。いやはや、ちょっと語りすぎました(笑)

⑫ 評価は買えても、才能は買えない。

広告や宣伝費、フォロワー獲得のためのキャンペーンなど、お金を使えば一時的に「社会的な評価」を高めることはできるかもしれません。いわゆるインフルエンサーを雇って影響力を拡大したり、賞やコンテストを買収したりという形で表面的なステータスを得る事例は世の中にあります。しかし、それが「本当の才能を証明する」ことにはつながりません。お金で作られた評価には限界があり、時間が経てば薄れてしまうものも多いからです。

才能とは、一般に「生まれ持った特性」と考えられがちですが、実際には努力や経験の積み重ねで開花する部分も大きいものです。たとえば、スポーツ選手がスポンサー契約で高額の支援を受けても、トレーニングを怠れば結果は出せません。音楽家がレコード会社の大規模プロモーションを受けても、演奏技術が伴わなければコンサートで人を感動させることは難しいでしょう。

資産形成においても同様のことが言えます。世の中には多くの投資系インフルエンサーがいますが、偶然手に入れた成果だったり、相続などで得た軍資金を元手に、一時的に華やかな成果を演出するようなことはできても、真のセンスやクリエイティビティなどは、簡単に手に入れられるものではありません。長期的に成果を出し続けるためには、やはり自分の才覚やスキルを研鑽するしかありません。

しかも、お金で得られた評価が高まれば高まるほど、人々の目は厳しくなります。「本当にその人は才能があるのか?」「宣伝効果やコネによって盛られているだけじゃないのか?」という疑念が生まれるからです。実力が伴っていないと分かった瞬間、世間の風向きはすぐに冷たくなるかもしれません。そう考えると、お金を使って評価を高めることが、必ずしもプラスに働くとは限りません。

一方で、真の才能がある人は、たとえ最初は評価されなくても、やがて周囲がその価値に気づいていくケースが少なくありません。アーティストや発明家、投資家などで「最初は理解されなかったけれど、後に評価が追いついた」という例を見ればわかるように、才能は基本的に本人の内面から湧き出るものですから、お金とは無関係に存在し続けます。

もし資産があって何かを伸ばしたいと思うなら、評価を買うのではなく、その才能を磨くための環境や学習、経験に投資するほうが建設的です。広告で一気に注目を集めるより、実力をしっかりと積み重ねるほうが長い目で見たときに強い。評価を買うのは手軽ですが、実際の才能がなければすぐにその評価はバブルのようにはじけてしまいます。

おしらせ

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「資産運用学園やわらか中学校」公式アイテム

さいごに

今回は『資産形成をやると気付く世の中の「買えるもの・買えないもの」』について取り上げてきましたが、いかがだったでしょうか?

家や時計のように、物理的に手に入るものが「自分の求める価値」を本当に満たしてくれるとは限らないというのが、大きなポイントだったかと思います。資産形成でお金を増やすことは大切ですし、自由に使えるお金が多いほど選択肢が広がるのも事実です。でも、そのお金で手に入るものが、必ずしも「本当の幸福」や「人間としての成長」を保証してくれるわけではありません。

こうした話は、一見すると夢を壊すように聞こえるかもしれません。「頑張ってお金を稼いでも、これらは買えないのか」とガッカリする人もいるでしょう。だけど逆に言えば、「お金がないからダメ」ではないとも言えます。家庭や愛情、尊敬、健康、成長…これらは自分の行動や選択次第で手に入る可能性があるわけです。資産額にかかわらず、誰にだってチャンスがあります。

資産形成をする過程で学ぶのは、お金に関する知識や運用のテクニックだけではありません。むしろ、「自分が本当に求めているものは何か」「どう生きたいのか」という内面的な問いに直面する機会が増えるのではないでしょうか。ぼくはそうでした。「お金で解決できることはある、でも解決できないものもある」という事実を知っておくことで、行動の優先順位や目標の立て方が変わってくるはずです。

もちろん、お金の力を過小評価する必要はありません。生活を便利にし、快適にしてくれるのもまた事実。それに、時間や人材を買うことで新しいチャンスを得ることもできるでしょう。ただ、それがすべてではない。お金はあくまでツールであり、活かすも●すも自分次第、という原則に変わりはありません。

今回取り上げた12の例は、一部極端に聞こえるものもあるかもしれませんが、それだけ強い印象を伴うからこそ改めて「買えない部分の大切さ」を認識できるのではないかと思います。いま資産形成をされている方や、既にFIREを達成した方、あるいはこれからお金を増やしていきたいと考えている方々にとって、この視点が日々の選択や行動の参考になれば嬉しいです。

人生はノーコンティニュー!悔いのないようにやっていきましょう。

では、ごきげんよう。

今日のまとめ

お金で買えないものが人生の価値を決める場合多し。

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